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天国と地獄

最終更新: 8月26日

 


「いい映画は解りやすい」

黒澤明監督の言葉です。

 『天国と地獄』は1963年に公開された大ヒットサスペンス映画です。

 当時僕は中学生で、映画館の出入りは校則で禁止。観たい映画が観れず、指をくわえて看板やポスターを眺めているのは辛いです。

 腹いせに映画を観た大人から話を聴いて学級新聞に連載したら、案の定職員室に呼び出されました。最初は校則破りを疑われましたが、担任が国語教師だったこともあって、

「観てない割に良く書けている」

と無罪放免されました。観てない僕でも解りやすかったから『天国と地獄』はいい映画です。


 会社重役の権藤(三船敏郎)は靴メーカーの重役で、横浜の浅間台(せんげんだい)に瀟洒な家を構えています。お抱え運転手の息子の信一(島津雅彦)が間違えて拐われ、3000万円が身代金として要求されます。戸倉警部(仲代達矢)と横浜県警の捜査班は高島屋の配送員に扮して権藤邸に出動。

 権藤邸のセットは3ヶ所設営されました。砧の東宝撮影所と、横浜の街と港が見渡せる浅間台、あと犯人の竹内(山崎努)の木造とトタンの、懐かしく慎ましいアパートから見上げる位置。

 映画の前半は他人の子供に身代金を払う権藤の葛藤が描かれます。スタジオのセットには、特撮ムービーさながらのミニュチュアの夜景も作られました。ライトを点けた模型の車が走ったそうです。

 また浅間台からの実景ロングでは20台のタクシーを借り、遠く権藤邸からの本番の合図で発車。芸が細かいです。長回しを多用した舞台劇さながらの54分は、マーチン・スコセッシ監督も絶賛しています。


 『天国と地獄』はエド・マクベインの『キングの身代金』がベースですが、引用されたのは「他人の子供に身代金を払う」という前半部分で、後半の身代金の引き渡し方法や逮捕劇などは黒澤監督の創作です。脚本執筆のために籠った熱海の旅館で温泉に浸かった瞬間、特急列車を使うアイデアが湧き出たそうです。温泉の効用は打身・捻挫などいろいろですが、それにヒラメキも加わりました。

 犯人の指示では、

「厚さ七センチの鞄2個に金を詰めて、第二こだまに乗れ」

というだけ。でも「こだま」の窓は開かないハズで、何処でどう子供と身代金を交換するのか・・・ミステリーです。

 当初はスクリーンプロセスが検討されましたが、黒澤監督が「こだま」に乗ってみると、窓枠のアルミ部分などあらゆるパーツに光が絶えずチカチカと点滅していて、プロセスでは無理と判断。結局「こだま」をチャーターして一発勝負のロケを敢行。品川操車場で百名以上を載せ熱海へと向かいました。

 犯人から車内電話があり、

「子供は酒匂(さかわ)川の手前で見せる。渡ったら鞄を落とせ」

との指示です。洗面所の通気窓を手前に引けば、上部に7センチの隙間ができます。田口部長刑事=ボースン(石山健二郎)の

「畜生! それで七センチか!」

のセリフがめちゃハマります。

 「こだま」には8台のカメラが備えられました。ロケハンしたら民家が邪魔。復元する約束で、二階部分を取壊しました。画面では一瞬で、該当する家は判別不能。DVDをコマ送りして、やっと信一と共犯の女の立ち位置のすぐ手前に、屋根をビニールシートで覆い、板で固定した家屋を発見。クロサワ伝説のひとつを検証できて感動しました。

 砂利の山の上に二人が立ち、列車は100キロ近いスピードで酒匂川鉄橋へと疾走。ボースンがNGを連発。全員が極度の緊張。黒澤監督もへたり込みましたが、権藤・戸倉・ボースンの迫真の芝居を撮り終えました。

 「こだま」が品川に回送される時は、三船さんがビュッフェにお酒を用意して、皆を労ったのだそうです。でも鞄を拾う共犯の男を撮るべく最後尾に配置したカメラが回らなかったこともあり、3日後にまたロケ用「こだま」が走りました。


 信一を取戻し公開捜査が始まります。ホシが望遠鏡で権藤邸を見上げた公衆電話の特定のため、中尾刑事(加藤武)と荒井刑事(木村功)が大岡川沿いの路を歩いていると、その対岸を歩く竹内。黒澤監督のイメージは、川はメタンガスが発生しそうに穢くなければならず、

「汚しが足りない!」

と鶴のひと声でロケは中止。後日ゴミを溜めたり墨汁を流して撮影。そこにシューベルトの『鱒』のBGM。メリハリが効いています。

 監禁宅は腰越の『富士山と海の見える場所』。ボースンと荒井刑事が踏み込むシーンは夏なのに、撮影時は冬で背景の富士山は冠雪。黒澤監督はそれが気掛りでしたが、案外誰も気付かない。きっと日本人には『真白き富士の嶺』が原風景なのでしょう。ちなみに信一が描いた絵の富士山も、ちゃんと冠雪させてあります。

 ヘロイン中毒の共犯者男女は、高純度ヘロインの過剰摂取をさせられ既に死亡。分け前の250万円が残っていたので、

「主犯はまだ二人の死を確認していない」

という推理が成立。身代金が遣われたとの虚偽報道に伴い、例の鞄の写真が新聞に掲載。竹内は慌てて鞄を焼却。仕込まれた薬剤から牡丹色の煙が上がります。モノクロ映画に煙だけカラー。ファンファーレが響き、『天国と地獄』のハイライトです。

 主犯特定。しかし捜査陣は逮捕に踏み切らず、殺人罪立件のため共犯の殺害を再現させようとするのです。共犯者からのニセの脅迫状を竹内に渡し、腰越の犯行現場へと誘導。竹内はまず高純度ヘロイン入手のため売人と接触。横浜若葉町に実在した大衆酒場『根岸屋』と伊勢佐木町の街並みが砧に作られました。

 ジュークボックスの音楽に合わせて、ツイストをいかにも遊び人風に踊るヤクの売人は岩崎トヨコさん。60年代初め六本木にたむろした『野獣会』のメンバーでした。

 竹内は高純度ヘロインの殺傷力を試すため、黄金町(こがねちょう)で禁断症状の女を拾います。女優は俳優座の富田恵子さん。鬼気迫る演技で、厳しい黒澤監督から一発OKを勝ち取りました。草笛光子さんの妹です。


 犯人逮捕は腰越のオープンセットです。カンナの花壇の中から竹内がヌーッと顔を覗かせます。そのミラーグラスに夜の湘南の海がキラキラ映り、捜査陣が待機する室内のラジオからは「オーソレミヨ」が流れます。なんとなくルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』(1960)のラストシーンを彷彿とさせます。これもニーノ・ロータの哀愁を帯びたテーマ曲が絶妙にキマっていました。




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